ニューヨーク夢幻(ゆめまぼろし)のごとく住み 日影眩 <その8・9月>
Living in New York as in a dream or fantasy, by Gen Hikage (artist)

日影眩プロフィール:画家。個展、グループ展歴多数。1994年よりニューヨーク・ブルックリンに滞在。
1994年7月から2006年8月まで、月刊「ギャラリー」誌に 「日影眩の360°のニューヨーク」(ニューヨーク・アート情報のレポート)連載、2000年9月に同名の単行本を出版。

ワールドトレードセンター崩壊

多くの方から、お見舞いのメールをいただきました。有難うございます。

 当日は私は朝10時になって東京からの電話で教えられました。でテレビを付けたのですが、まだツインビルはあって、燃えていましたが、間もなく一棟が崩れ落ちるのを見ました。それでちょっと東京とのやりとりに時間を取られて、友人のアパートに行ったら、彼が屋上に行ってしまっていて、引き返したりしたので、私が屋上から見た時にはもう、ビルは崩壊してしまった後でした。写真はその後のものです。

World Trade Center Collapsed Seeing
from Prospect Hights Brooklyn 9/11

 ともかくもう前の道路は混雑していて、何カ所かからラジオ の音が響いていました。翌日になって、ツインビルではなく周辺のビルも続いて崩壊していると聞いて驚きました。かなり離れている5号棟には総合医院があって、私は数年前から何かあるとその医院に通っていたのですが、そこはパスポートを提示しないと入れないのでした。幸いお世話になっている日本人の看護婦さんは出勤しようといる時で逃げ出してご無事だったようです。
 そのビルは地下でツインビルと繋がっていました。それが原因で地下が損傷を受けて、崩れたと見られているようです。その地下には日本のお弁当やさんがあって、私は道路を挟んで向にあるセンチュリー21というデパートに衣類などを買いに行く時には、そこでスシ弁当を食べたり、別の店でコーヒーを飲んだりしたものです。

 私の知人では、何度か英語の意味について尋ねた、ウオール・ストリート・ジャーナルの記者が当日10時半の待ち合わせだったのが、もう来なくていいと電話があって間一髪で、助かったとか、或いは何度かパーティなどで会う、富士銀の行員が、不明者の中に名前が含まれていないので助かったらしいとかがありますが、今のところ幸い、身近に犠牲者は出ていません。

 けれどテレビは7チャンネル、13チャンネル、25チャンネル、などほとんど見ることが出来ないし、FMラジオもかなりの局が聴けません。また電話は携帯はほぼ繋がらず、こちらからの国際電話もまだ繋がらない。
 ほかに、今の時点でマンハッタンからブルックリンへ渡るブルックリン橋、ニュージャージーへ通じるホランド・トンネルは不通です。つまりチャイナタウンのカナル・ストリートの南側、ロアー・マンハッタンが閉鎖されているのです。今のところカナルはブロードウェイ通りの東側は通れるということです。いくらかのテレビはただニュースだけをやっています。

 そのニュースを聞きながら気になったのは、「パール・ハーバー以来のアメリカに対する攻撃」といわれていることです。中には「パール・ハーバーでは2千何百人のアメリカ人が殺された、今度は4千何百人のアメリカ人が...」というような表現があることで、一般の人からアナウンサー、テレビ局までがそれを口にする。

 私が疑問に思うのは、アメリカには軍隊と民間人を区別する考えがないのか?ということです。パールハーバーは戦争の専門家である日本海軍が、アメリカの戦争の専門家であるアメリカ海軍の基地を攻撃したのです。軍港はいわば要塞ですよね。しかも当時のアメリカの指導者ルーズベルト大統領は、事前に攻撃を知りながら、わざと攻撃させたという疑いが濃いのです。その事は「トラトラトラ」というハリウッド映画にも執拗に描かれています。

 ならば、自国の最高指導者にだまし討ちにされて大勢の国民が犠牲になったのではありませんか? 航空母艦だけは事前に避難させているのですよ。西も東も政治家以上の大悪人はいませんね? もし地獄があるのなら、彼らこそはその業火に焼き殺されるでしょう。そう思いませんか?

 NYタイムズに比べれば、大衆的で無茶苦茶なことを書く「ニューヨーク・ポスト」がまもなく「パールハーバーとは異なる」という記事を出しました。歴史に詳しい歴史家(写真入り)の発言が引用されます。何という理性的態度! 「あの時は精鋭の軍隊によるもので、翌日アメリカは太平洋艦隊を失った」「あの時ナチスドイツと同じく日本帝国は世界を支配しようとしたが、今回はそういうことは無い」。けれど戦争とテロの違いに触れた箇所はない。そういう発言は削除されたのかも知れません。

 新聞によれば、イスラム教の指導者は「抵抗できない無防備の人々を殺したこと」を非難しています。イスラムの人々にもそういうことが良くないという考えがあるようです。アメリカはなぜ重装備の軍隊と、子供や女性老人を含んだ無防備な民間人を一緒くたにしてしまうのか? 始めに一人の人間があるから? 敵はすべて敵で、味方はすべて味方? だから戦士のいないインディアンの巣を騎兵隊が襲って皆殺しにした? 映画「ソルジャー・ブルー」で見ましたよね? だから原爆を落として、赤ちゃんも子供も女性も老人も「一掃」した! 効果を知るためには無警告でなければならなかったし、日本が降伏する前に、長崎にも落とす必要があった。

 
World Trade Center in Ruins 9/24
 今、至る所に星条旗が現れて、テレビのタイトルは「アメリカ・ライジング」に変わって、新聞によれば85パーセントの人が武力による仕返しを支持しています。

 「目には目を、歯には歯を」とイスラム教は教えます。けれどキリストは「右の頬を打たれれば、左の頬を出せ」と教えたのではなかったか? 戦争中アメリカは日本兵を「バグ」と呼んだそうです。昆虫という意味ですね。それもナンキンムシという意味があるように、地を這う虫の意味です。這い回る虫、ゴキブリやシロアリの巣窟を原爆で一掃することに何の抵抗があるか? アリに、兵隊アリも、働きアリも、赤ちゃんアリも、女性アリもないよね、巣にいるのは全部人間に仇なすアリで人間ではない。

 昔中国人は自分たちが中心だという考えを持っていて、それを中華思想というそうです。もしかすると彼らにあるのは中華思想、イヤ自分たちだけが人間という考えではないか? だから、虫けらが国を持っているとは思わないから、白人国以外は、国もテロリストの組織も一緒くたにする。戦時中アメリカはドイツ人もイタリア人も、日本人のようには強制収容しなかった。彼らは白色人種だからです。つまり虫ではない人間だからです。

 今度の事件は全く不幸な出来事です。信じられない。狂信的なテロリストたち、そういう輩はいつでも出てきます。けれど一番大きい問題は、ごく普通の人々で、自分こそは正義だと思っている人々の考えにあるのではないか? 実はそれこそが今回の事件を引き起こした本当のエナミー(敵)なのではないか?

 私はあの日以来憂鬱で、気分が優れません、なぜなのか? 身近なところで起こった悪夢のような出来事が原因なのか? もしかするとその事よりももっと決定的で巨大で恐ろしいものを私はこの事件の後に感じたのかも知れません。

 そう考えれば、真珠湾とワールドトレードセンター襲撃を同一視するアメリカ人は正しいといえるでしょう。なぜなら同じ攻撃対象に対して、人間にとっての他者が、命運を掛けて、或いは命を捨ててした攻撃という点で変わりはないのです。

 テロというけれど、無差別攻撃は西洋の国家が国家として取ってきた戦略です。かくてこの襲撃は新しい世紀の行方を象徴的に、劇的に示すものとなるかも知れません。新しい世紀、西洋すなわち白人たちが築き上げてきた世界が、抑圧されてきた膨大な数に上る他者たち、虫たちによって決定的な挑戦を受ける世紀、それが21世紀ではないでしょうか? すべての文化に理論が先行するとされます。そうであるなら挑戦を受けるのは西洋を支えた理論です。けれど虫たちはその属性に相応しく、武力ではなくて地を這うような地道な理論の構築によって、彼らの世界に挑戦すべきです。原爆や強制収容所ではなくてね。

 長くなりました。なぜかあの日以来、マンハッタンに行く気がしません。長い文に付き合って
くださって有難う。最後に犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。 

 (この文は9/11の同時多発テロに際して頂いた見舞いに対して9月15日に書いたメールを引用し手を加えたものです)


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日影眩


●<その1>ブルックリン、プロスペクト・プレースへ
●<その2>YMCAへ
●<その3>ハローウィンへ
●<その4>午前3時のサブウエイへ
●<その5>クリスマス・パーティへ
●<その6>ドイツを旅した(1)へ
●<その7>P.S.1「大ニューヨーク」展/2000へ
●<その8>ワールドトレードセンター崩壊
●<その9>楽しい、しかし暑い、ブルックリンの夏
●<その10>グリーン・マーケット 3月10日土曜日、晴れ、
●<その11>ゴッド・ブレス・アメリカ(神はアメリカを祝福したまう)
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