(日影眩著『360°のニューヨーク』ギャラリーステーション刊より抜粋転載)
「ニューヨーカーの旅客を乗せた21世紀急行は、ローカル美術を調査する新展覧会のために、ロングアイランド市に向かう─けれど絵画はどこに?」というニューヨーク誌の批評記事の見出しを見て、私は98年秋のP.S.1再開記念展を思い出した。P.S.1は時流と関係なく、ベルリンみたいに、相変わらずインスタレーション、ビデオ、写真一色かと思った。その上にすでに見てきた二人の知人の評は、一致して「つまらない」というものだった。
P.S.1とニューヨーク近代美術館が合併したのは昨年のことであるが、この「大ニューヨーク」展は両者が協力して開く最初の展覧会であり、合わせて約30名のキュレーターが2000名を超える作家の作品を調べ、ニューヨーク地区の250以上のスタジオを訪れて、140名のImagine(新進)作家の作品を選び出した。
「首都圏の芸術コミュニティのダイナミズムと多様性を反映し、現代美術と作家に対する分かち合う興味を具現化する、最初の重要な学芸員協力」というモマのディレクター、グレン・D・ローリィ氏と、「この展覧会はニューヨーク・アートシーンの総括的な調査ではなく、作家たちによって最近生み出されたアイデアの調査又はレポートである」というP.S.1ディレクター、アラナ・ヘイス女史が、キュレーターたちを統括した。
Inka Essenhigh, Cheerleader and Sky (detail)
私が行ったのは日曜だったせいもあるが、いつもと違って満員の盛況だった。まずプレスのカードをもらって胸に付けたのは、写真を撮ろうとするたびに注意されるのにうんざりしていたからである。で、いきなり展示された絵画が目に入ったので撮ったが、絵画がないだろうと警戒していたからでもあるが、食指が動いたのである。
ジェシカ・クレイグ-マーティン(37)のロンドンのパーティを撮った写真があり、2フロアー吹き抜けのスペースには、ジュリアン・ラベエデイエ(29)のなにやら祭壇風の巨大な作り物がある。天井と床が作られ、四面を黒い布が多う。これは後に地階から入って本体を見たが、カプセルの中には人くらいの大きさの赤さびた沈船が封印されていた。
最初の部屋に入ろうとするところで、画家一家である知人夫妻とご子息に出会った。「面白いですよ」「ビデオがいいです」という答えが返ってきた。その見方は、さすがにここのキュレーターたちは無能ではないという私のそこまでの印象に反しないものであった。最初の部屋には、E.V.ディ(33)の爆発したセックス・ドールの天井からまき散らされたようなインスタレーションがあった。そうして絵画が続く。リサ・ロイテル(32)の「サンセット・ブルーバード」は写真から起こしたかも知れないが新鮮である。それから一見新抽象表現主義だが、ブラッド・カールハーマー(44)の落書きはサイ・トゥオンブリーよりも一層漫画的で今日的で、表面的である。
そういえば、ニューヨーク誌は「絵は掛けられているが、、、」と書いていた。掛けられているどころではなくて、信じられないほど絵画とドローイングの比率が高い。後で通して読んでみたら、「獲得された技法に属するもの、歴史的な視覚の価値が、画家であると称する作家達によってさえ、無視されており、ここにあるのはウオーホル風の主題のイラストレーションである」と切り捨てていた。「現代の学芸員は絵画に関心がないのか?」と憤懣をぶちまけている。気持ちが分からぬでもないが、絵画が中心と思える展示を見た後では、一体頭の中に何が「視覚の価値」としてあるのかのぞいてみたい気がした。
新進イコール若手ではないようだ。何しろ56年生まれ(44歳)も含まれている。そこがすぐに40歳までと制限を設ける古い国日本と違うところだ。
絵画で目立っている作家を上げると、先月取り上げたロンドンからの作家シシリー・ブラウン(36)、同じくロンドン生まれのニコラ・タイソン(40)、インカ・エッセンハイ(31)、エリザベス・ペイトン(35)、パキスタンからのシャジァ・シカンダー(31)、すべてが女性作家である。
どういうものか日本人作家は含まれていない。またニューヨークにはもっと刺激的な仕事をする、これも女流画家たち、スー・ウイリアムズ、カラ・ウオーカーらがいるが、新進ということを選定基準にしたからか抜けている。
ありとあらゆる素材が使われている。けれど例えば糞や、死体、血などの、ロンドンの若手が持ち込む刺激的な素材は無い。更にウェブによる展覧会紹介と作家のEメイル・アドレスの公開ということはあっても、コンピュータを使った作品は少ない。私の知人がくさした理由を考えてみると、実験的な試みは影を潜めている。ちょうどその日ジェームズ・タレルの空のインスタレーション、「Meeting 1980」の部屋が公開されていたが、光をテーマとするこの作品に見られる革新性はほぼ見あたらなかった。
ここにはニューヨーク市が要素として抜けているという意見もあり、確かにポップ・アートの登場時のような、未来的な都市のイメージというものはうかがえない。けれどニューヨーク・タイムズも触れたように、もはやそのような新しさ、未来を象徴する都市は世界に存在しない。
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